直筆の価値

大正天皇の直筆の絵が見つかった、と言う記事を見ました。

見つかったのはたった一枚ですし、大正天皇は在位期間も短く、他の天皇よりも話題性があまりないですけど、それでも「天皇陛下直筆の絵」ということで価値があるわけですよね。

当然、こういうものは売りに出されたりするはずがなく、どこかに永久保存されるか展示されるかすると思うんですよね。とにかく、一般人が手にすることはできないでしょう。

ちょっと余談ですが、大正天皇はおおらかで政治的な事より芸術的なことが好きだったみたいです。それが当時はあまり良いこととされなかったみたいですが。でも、昭和天皇は大正天皇(つまりお父さん)のことが好きだったみたいで、大正天皇を悪く言う人に、そんなこと言わないでほしい、と言ってたみたいです。

話を戻しますが、直筆の絵ということはつまり、本人による絵、と言う意味ですよね。

だから、こういうものがあると、その本人が実在したという証拠にもなりますし、ただのうわさや伝説の人物ではなく、れっきとした歴史上の人物になりますよね。

実際、大正天皇の絵を見て、こんな素晴らしい絵を描いていたんだな~と、大正天皇に対して具体的に思いを馳せることもできます。

イエス様の時代も、当時はイエス様も様々なことをされたと思いますが、今と状況が違いますから、結果的には弟子の「記録」しか残っていなくて、いろんなことが謎のままです。

だからこそ、未だにイエス様についていろんな憶測が生まれたり、様々な見解があったりするわけですね。

そう考えると、先生が直筆の絵やサインをたくさん残してくださることはとても意味のあり、作品一つ一つに価値があることなんだな~と思いました。

しかも、それをタダでもらえる私たちも、凄い存在ですね。(笑)

 

*記事☞大正天皇の直筆画か、侍従武官の子孫宅で発見

ゲーム感覚

昨日、ちょっと気になって、仮想通貨について調べてみました。

特定の国家による価値の保証のない通貨。おもにインターネット上で「お金」のようにやりとりされ、専門取引所などで円、ドル、ユーロ、人民元などの法定通貨と交換することで入手でき、一部の商品やサービスの決済に利用できる。
(中略)
なお電子マネーを広義の仮想通貨に含める考え方もあるが、電子マネーは商品券のように発行会社が取扱いをやめても残高分は払い戻してもらえるのに対し、仮想通貨は利用者の信用のみに基づいているので、まったく価値がなくなるリスクもあるという点で異なる。』

(日本大百科全書(ニッポニカ)より抜粋)

全文引用すると長くなるので一部抜粋しました。

もう最初の一文を読めば、危険なものだと分かりますね。『特定の国家による価値の保証のない通貨』ですから。

しかも、発行会社が取り扱いをやめたら、まったく価値がなくなるリスクもあるのです。

でも、なぜ流行っているかと言うと、中央銀行を経ない分、決済がスムーズだったり手数料がかからなかったり、政治的な影響は受けにくいらしいのです。中間の手続きが省けるから便利なわけですよね。中央銀行の監視がないから好き勝手にできますし。ただその分、違法取引やテロの温床などにもなるようです。

だからやっぱり怖いですね。実際、先日日本でも580億円という大金を一瞬で失う事件がありましたし。

恐らく、札束で580億円盗もうとしたら、結構大掛かりになるし、きっと目立ちますよね。でも、仮想通貨ならインターネット上で、人影もなく、音もなく、監視カメラに映ることもなく奪うことができるわけです。

私は個人的には、カードの利用もよっぽどのことがない限り控えてます。手に持っている現金が減っていくのを目で見れば、減っていく実感が湧くので使い過ぎはないと思いますし、実際に財布からお金が無くなれば買えません。

逆に、増えた時の喜びも現金の方が大きくないですか?(笑)

でも、ネット上のやり取りだとお金の実感がわかないから危険です。

何事も、実感がなくやり続けられるというのが危険な気がします。ゲーム感覚になりますから。

ゲーム感覚は何事も危険です。犯罪もゲーム感覚だと罪意識がありません。実際そういう犯罪が増えてますよね。

人の痛み、温かさ、善悪の感覚等、全てにおいて、実感がわかない、無感覚、ゲーム感覚になることから道を外れていく気がします。

信仰生活も、愛も、実感がわかない、と言うのは危険が潜んでいると思います。

勿論ゲーム感覚で信仰生活をしている人はいないとは思いますが、ただなんとなくしていると、最終的には怖いことになるのでは?

だからこそ、みことばを実践して直接肌で感じることが大事なんだと思います。

何でもでデジタル化され、手間暇がかからなくなったこんな時代だからこそ、「直接肌で感じる」ことを軽視してはいけませんね。