責任の祝福

やることが多くて忙しかったり、あれこれ考えることが多くて心に余裕が無くなったりすると、全てが嫌になることってありませんか?

実は…私は時々あるんですよ。(苦笑)

でも、大抵の人は『いやだ!』と思いながらも、『ここで自分がやらないと迷惑をかけるから』とか、人によっては『これで食べているんだからやめるわけにはいかない』と言って何とかやり続けて行くと思います。本当に全てを投げ出してしまう人は稀でしょう。

この『自分がやらないと・・・』というのがくせもので、これで心の負担を感じる一方、これがあるから続けられるというのもあると思います。

もしかしたら、自分がそれをしないことによって、誰かが損をしたり、迷惑が掛かるのだとしたら、実は幸いな事じゃないのかな?とも思うんです。

だってそれは言い換えたら『自分がそれをすることを待っている人がいる』『自分のすることが誰かの役に立っている』という事じゃないですか。

自分がやらなくても他人に何の影響も及ぼさない事ならあえてすることはなくなると思うんです。

実際私は、今年の夏があまりにも暑くて食欲がわかなくて先月あまり料理をしなかったんです。

今は一人暮らしなので私が料理をしないことによって困る人はいません。だから、私が食べたくなければあえてしなくなります。勿論、その結果は自分自身に降りかかるわけですが。。。(^^;

もし、私が料理しなければ食べられなくなる人がいる、という状況なら、自分の食欲とは関係なくするはずです。自分が食べたくなくても、自分の料理を待っている人がいるならやらざるを得ないし、それを食べて喜んでいる姿を見ればやっぱり嬉しくなると思うんです。自分の健康にも良いです。

だから、結局はどんな大変なことがあったとしても、自分に任された仕事がある、というのは幸せなことだなと思います。

もし、自分が何をやってもやらなくても誰にも迷惑が掛からない、ということなら気は楽かもしれませんが、実際にはそれは『孤独』という事じゃないでしょうか。

孤独死の問題もありますし、人間は一生、最後まで、小さくて良いから何かの責任を負って生きる方が良いのだな、と思います。