頼まれごと、どうしてますか?

皆さんは何か頼まれた時、断れない人ですか?それとも、都合が悪ければきっぱり断れるタイプですか?

実は私、頼まれた時に明確な理由がない限り断れないタイプなんです。周囲からは何でもはっきり言えるタイプと思われてるようなんですが、特に救いに関わることになると、自分の都合で断ってしまってよいのか、自分が断ることでこの人の救いに悪影響が出るのではないか、などとあれこれ考えてしまって、「え~。。私も大変なんだけど。。」と心の中で思いながら、結局は「いいよ。」と返事してしまうんです。

引き受けてしまった後、「あぁ、また自分の首を絞めてしまった。。」とは思うものの、自分は牧師だし、断ってしまっていたらきっと罪悪感にさいなまれるだろうし、これで良いんだ!と言い聞かせていました。

実際、その時引き受けたことは私自身にとっては決して無駄な事ではなかったと思っています。

なぜなら、それによって私の牧師としての経験値が上がったし、スキルも磨かれたし、それによって相手が良い思いをしていたならなおさらその時は大変でも良かったとは思ってます。

しかし。。。最近ある本を読んで深く考えるようになりました。

頼まれたことを何でも引き受けていると、相手にとっては逆効果の場合があるそうなのです。

皆さんはこういう経験ありますか?自分も大変だけど相手が「困っている」というから、じゃあ、私がやってあげないといけないかな?と思って善意でやってあげたところ、相手に感謝されるのかと思ったらそうでもなく、また当然のように続けて頼みごとをされた、という経験。

私も当然あるんですが、牧師だから仕方ないかな?と思ってました。

でも、「困っている」という言葉が落とし穴なんです。本当に困っていて身動き取れない場合は手を差し伸べるべきですが、何度も何度も「困っている」と言ってくる場合は、完全に自分でやろうとしていないだけなのだそうです。

そういう場合は引き受けてしまうことが相手の自立心を損ねることになり、どんどん相手は幼児化していくのだそうです。つまり、むしろ害になる、という事です。

逆に、こちらが大変なら、無理せず、NO!とはっきり言ってしまうと、意外と相手は自分でやるようになるのだそうです。実はこちらが思っていたよりは困っていなかったという現実。

言われてみればそうかも。。。という心当たりもあります。(苦笑)

つまり、何事も、自分の身を削ってまで引き受ける必要はないという事ですね。

神様も、私たちをこき使うために仕事を任せているわけではありません。

自分の分、相手の分がそれぞれあります。自分の分を精いっぱいやることが大事ですね!