自分の今と昔

自分の中で今と昔とで違っていることがあります。

それは信仰生活する上での自分の方針。

若い頃は、特に使命に関しては何事も経験だ!これも訓練だ!と思って嫌なこともあれこれ引き受けて頑張っていました。(少なくとも自分ではそのつもりでした。)

実際、そうやってきたおかげで様々鍛えられたし、技術も身に付いたし、実績も残せたし、何より自分の器が大きくなったように思います。

でも今はちょっと違うんです。

自分が笑顔で出来ないようなことはしない、という方針に変えました。

なぜなら自分がストレスだと感じていることを無理にやると健康にも精神にも悪影響を及ぼすことを体験したから。

だから最近は以前に比べてあれこれ選り好みしているんです。(^^;

これが神様から見て良いのかどうかは分かりません。でも我慢し過ぎて潰れるよりはマシだろうとは思ってます。

ただ、若い頃嫌なことも引き受けて頑張っていた期間があったことについては何も後悔していません。それがあっての今だと思っています。

人それぞれだとは思いますが、人生で、その時その時で段階的にやるべきことが変わっていくと思うんです。今は以前とは違うステージに上がり始めている感じています。

社会生活をする上でも、20代と40代ではすることも立場も違うし、50代、60代それぞれ違いますよね?霊的な使命や教会での役割もそうだと思うんです。

だからこそ、完全に次のステージに上がり切れるよう、以前の実績や経験にしがみつくのではなく、自分をリセットし、次に向けての準備をする時なんじゃないかな、と思っています。

とにかく、その時その時の段階で楽しみながら最後まで主と共に生きて行けたら良いな…と思う今日この頃です。

相手を分かろうとする力

神様は、人間を一人一人別々に、様々な個性で創造してくださいました。

だから世の中には様々な人がいて面白い半面、どうしても苦手な人が存在するというのも正直なところ。。

時には人から来るストレスで悩む事こともありますよね?

特に現代人は、メンタルが弱い、ストレスに弱いなんて言われてますし、実際ストレスから解放されたい、対人関係に強くなりたいと願う人は多いと思います。

実は、誰でも日ごろの心がけでストレスに強くなることができるようです。

例えば、運動すること、腸内環境を整えること等。つまり健康管理ですよね。確かに・・・心と体はつながっているのでそうだろうなと思います。

それと、共感能力を高める事。

共感すると相手の感情に引きずられてかえって良くないのでは?と思うかもしれませんが、共感能力があれば、相手を良く理解し対応する方法を見いだすことができるのだそうです。

逆に共感能力がないと、相手に対してちょっと嫌だなと感じた時点で「あの人とは合わない」と思ってしまったり、困難なことにぶつかると「もう嫌だ」「なんで私ばっかり」という思考に陥ってしまい、心が閉ざされてしまうのだそうです。つまり、拒否反応ですね。

共感能力を養うにはお祈りが良いようです。世の中では瞑想が良いと言われているようですが、とにかく一日一回はあれこれの雑念を取り除き心をリセットすることが大事なようです。

それと、難しい文学作品を読むことも良いらしいですよ。

確かに文学作品を読めば、実際の人間に会ったりその状況に身を置かなくても作品の中の情景を思い浮かべながら様々な人に触れることができますね。

文学書ではありませんが、聖書の福音書や使徒行伝などは様々な人間に触れられるしドラマチックで面白いので個人的にはおススメです!

現代人は人との触れ合いが少なくなっている上に、読む文章もラインやカカオの短文、しかもただの返事や自分の事情を伝達するような内容が多いですから共感能力を養うにはほど遠い生活をしているのかもしれません。

自分自身がしっかり健康管理をし、共感能力を備えるような生活をするようにすれば、少しずつでも相手を理解しようとする心が芽生え、人に対する拒否反応や誤解が減っていくかもしれませんね。