外のものはどうでも良い?

ふらっと立ち寄ったコンビニで、ちょっと残念なものを見ました。

それは、コンビニのイートインに設置してあるゴミ箱。そこには張り紙がしてあり、ゴミを入れるための口はガムテープでふさがれてました。

張り紙は二つあり、そこには以下のように書かれてました。

『イートインごみ箱使用中止 イートインでお食事されたゴミはレジにて受付いたします。 店主』

『一般家庭ごみの持ち込みや、当店を出て30分を超えたゴミの持ち込みは禁止とさせていただきます。』

何だか、悲しい気分になりました。

わざわざこんなこと書かないといけない事態だったという事ですよね?

私の住んでいる地域は外国人もかなり多いし、いろんな事情があったのだと思いますが、一部のマナーのない人たちによって、ゴミ箱が使えなくなってしまったわけです。

日本人は元来、察したり汲み取ったりしながら関係を築いてきました。どちらかというと当たり前のことは「いちいち言わせるな」という感じだったと思います。ですが、いつの間にか社会全体が「そんなこと聞いてない」という風潮になり、言われなければやっても良い、という考えになっているのかな?と思い残念な気持ちになりました。

逆の言い方をすれば、当たり前のことも一々言わなければいけない社会になったのかな?ということです。

なんとなく、家は自分のもの、外は自分のものじゃないからどうでも良い、という考えが蔓延しているように思えます。

しかし、公共にあるものは、みんなが使うものです。誰も禁止されている人はいません。ということは、大きく言えば自分のものでもあるのです。

以前先生が、「神様は本当に寛容な方だ。空気の使用料とか太陽の使用料とか取ったことがない。みんなに無償でくださっている。」と仰っていたのを思い出しました。

タダで使えると価値を失いがちですが、この世のものは神様が人間一人一人に無償で下さったモノなのだ、と思えば独りよがりな使い方はできなくなるのではないでしょうか?

外では誰が捨てたかわからないしどうでも良い、という精神でコンビニのごみ箱を使った結果、ゴミ箱が使えなくなるという事態になりました。

外で自由に使えるものも感謝しながら大事に使うという精神をもつことが、結局はお互いに便利な世の中を作っていくのではないでしょうか?

医療ミステリー⁈

アメリカで起こった実話。

あるアメリカ人の男性が、今年7月ごろ、激しい頭痛に襲われ、歩行も困難になり、医療機関で検査を受けたところ、脳腫瘍と診断されたそうです。腫瘍が写真にもはっきりと写っていたそう。

しかし、11月、手術を受ける前にもう一度写真を撮ったところ、なんと!腫瘍がきれいさっぱり消えていたそうです!

この男性は敬虔なキリスト教徒で、この出来事を写真と共にFacebookに掲載し、以下のようにコメント。

「奇跡だ。腫瘍は完全に消えている。医師たちも原因は説明できないが、腫瘍は消えたと言っている。これは奇跡だ! イエス様、感謝いたします」

「こちらは腫瘍が写っている写真。右下に白い影が見える。私のために祈ってくださった皆さんに感謝します。至上の神に栄光あれ! アーメン」

彼を担当した医師も腫瘍が消えたことについて説明がつかず、お手上げの状態だとか。勿論、腫瘍除去手術は中止になったということです。

私自身は、こういう奇跡は神様の力であり、それを引き出したのは彼の信仰の力だと信じて疑いませんが、中にはそんなことはあり得ないと思う方もいらっしゃるでしょう。

ただ、世の中には理屈では説明出来ない奇跡が起こる、という事実は認識しておかないといけませんね。(笑)

脳腫瘍が手術前に消えた…説明不能の現象に「奇跡だ!」

 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181115-00000022-nkgendai-life