入れ墨と癌

またしても入れ墨の話題です。

私が特別に入れ墨に関心があるわけではないのですが、気になる記事を目にしたので。

今回は、感情論ではなく、現実問題をご紹介したいと思います。

まず、記事を読んで私が一番気になったことは、入れ墨は癌になるリスクが高い!という点です。

プロセスを超簡単に説明すると、入れ墨は針で皮膚に染色するため、感染症にかかりやすい→肝臓に負担がかかる→肝硬変→C型肝炎→肝臓がん、ということのようです。

もちろん全員が、という事ではないと思いますが、リスクがかなり高くなるそうです。

また、身体に入れ墨が入っているとMRI検査ができない場合があるそうです。入れ墨のインクに磁性体が入っている場合はNGだそうです。それは、火傷の可能性があるからだとか。

肝臓癌ではないにしても、入れ墨があることによって検査や治療の選択肢が狭まるということはあるようです。そのため癌克服の可能性が低くなります。

それに加えて、入れ墨があると癌になっても保険に入れないそうです。たとえ入っても保険金が下りないそうです。

それは、「入れ墨と肝炎→肝臓がん→他臓器移転」が高率で発症していることが明らかなので、入れ墨があることが判明すると保険金の支払いが拒否されてしまうそうです。

また、外国人観光客への対策として入れ墨OKにした温泉施設の中には、むしろ家族連れが減ってしまった、という記事も読んだことがあります。

信仰的に考えても、神様が下さった尊い身体にわざわざ傷をつけて病気になりやすくしてしまうというのは、当然神様が喜ばないことであることは明らかですよね。

何をしても個人の自由ではありますが、責任は伴うし、結果は必ずついてくる、ということは認識しておかなければいけませんね。

参考☞ https://majisuka.net/tatoo_gan.html

聖句の背景

クリスチャンであり、作家の曽野綾子さんの旅の体験記を読んで面白いことを知るようになりました!それをちょっと紹介したいと思います。

「求めよ、そうすれば与えられるであろう。捜せ、そうすれば見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば開けてもらえるだろう。」(マタイ7:7)についてです。

これはとても有名な聖句ですが、曽野さんが現地に行って意味を深く理解するようになったそうです。

元々アラブの砂漠に住む人たちには「困っている人は助けなければならない」という厳しいルールがあるそうです。

特に、聖書の時代には、日暮れまでにやってきた旅人には寝床と水、パンを与えなければならなかったそうなのです。

ところが、旅人たちは時間を守らず、夜が更けたころにやってきます。掟では「日が暮れるまで」となっているので、どの家もすでに扉を閉めていて、いくら旅人がドンドンと家の戸を叩いても誰も出てきてくれません。でも、旅人はしつこく叩きます。そうすればしまいには家の人が根負けして開けてくれるからです。

砂漠の夜はとても寒くなるそうで、場合によっては野宿は命にかかわります。日本人の感覚では「そんな夜遅くに家の戸をドンドン叩くなんて失礼な」と思うかもしれませんが、砂漠を生き抜くためには何とか家に入らせてもらう必要があります。ですからあきらめたら生きていけないんですね。

つまり、求めること、探すこと、門をたたくこと・・・これは得られるまで、見いだすまで、開けてもらえるまでしつこくやり続けなさい、という事のようです。ある意味命がけです。

日本人は、ちょっと打診して相手が難色を示すとすぐに引っ込んでしまいます。日本人の感覚では『これ以上やると相手が気を悪くするかも』と思ったり、「やり過ぎると図々しいかも」と思ったりするからですよね。

私も初め『求めなさい』という聖句を学んだ時、相手が何も言ってないのに自分から求めるなんてちょっと図々しいのでは?と思ったんです。

でも、聖書の舞台では、「図々しいと思われたくない」と言って引っ込んでいては生きていけなかったんですね。

こうやって聖書が書かれた地域性や背景を知ると、聖書や神様に対する誤解も解け、もっと深く意味がわかるようになりますね。