ブラックな働き方?

職人を育てる徒弟制度はブラックか?という記事がありました。

技術を必要とする職人の業界では新人が技術獲得のため長時間労働をするのは当然という認識のようで、労働実態だけを見れば今の時代では明らかにブラック。

しかし親方サイドでは、自分の時はもっと厳しかった、このくらいやらないと技術は身に付かない、ということらしいです。

労働時間を遵守していると一人前の技術を身につけられない、とする親方側の考えと、無理やり居残りさせられている、サービス残業なんてやってられない、と考える労働者側の認識の違いによって起こっている問題だと思います。

徒弟制度についてはよく知りませんが、とにかく何事も難しい世の中になってるなと思いました。

その記事を見ながら、ふと、自分自身の事を振り返ってみました。今ではなく、牧会していたころ。特に牧会駆け出しのころ。

労働基準法に則れば、私は明らかに違法なほど長時間労働をしていました。特に牧会駆け出しのころは、今よりももっと準備に時間がかかったし、今よりももっと教会の人たち個人個人と密接な関係だったから、個人的に会う時間も多かったし、今ではやらないみんなの食事作りとかあれこれやることも多かったんです。

正直、食事作りやスポーツの後のおやつ配りなどは牧会者がしなければいけない仕事じゃありませんよね。でも当時は違和感を感じるどころか、むしろしてあげたくて率先してしていました。

自分の時間なんてほぼゼロでした。

なので、時には疲れて大変だなと感じたことはありましたが、ブラックだとは思いませんでしたよ。まぁ、神様の仕事ですから、世の中の仕事と同一視はできませんが。もちろん、当時は若かったからできたことです。今同じことはできません。(苦笑)

当時どういう思いだったかというと、「私がいないとこの子たちは生きていけないんだ!」くらいに思ってたんです。今考えると笑っちゃいますよね。相手はもう子供ではなく大学生なのに。恐らくこの思いは聖霊の感動によるものでしょう。

でも、もし、当時「やらされている」という認識だったら、私も辛くなってやめていたと思います。

だから、どんな仕事でも使命でも、自ら能動的にやっているのか、受け身や義務感・責任感だけでやっているのかで感じ方が違ってくるのではないでしょうか。

もちろん、昔の方がよかったなんて思いませんし、労働環境をよりよくして働きやすくすることはとても良いことだと思います。

ただ、「昔と今は違う」という言葉が、物事に取り組む姿勢や精神にも当てはまってしまったら大変なことになるな~と思いました。

信仰の世界では、主への愛が変わってしまったら全てが終わってしまうように、社会の中でも変わってはいけない大切なものがありますね。

情報源→ https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180828-00010000-nishinp-soci&p=1

性格と能力

昨日のブログ記事を書いた後、性格と能力の関係について、あることを思い出しました。

私は以前、水泳のコーチをしていたことがあり、特に子供のクラスを中心に水泳を教えていました。

私が経験した一番小さい子のクラスは3歳児くらい。

まだこのくらいだと、個々の運動神経の差はあまりよくわからない時ですよね。でも、性格は各々態度にはっきりと現れるんですよ。

お母さんが窓越しから見ているので、お母さんばかりが気になる子、水が怖くて泣く子、コーチの話も聞かずに自由奔放に水遊びしたがる子等々。

まぁ、正直このクラスは毎回ほぼカオス状態なんですが、そんな中でもすごく上達が早い子はいます。

それはどういう子かというと、水を怖がらず、コーチの言う通りにできる子。ちょっと言い換えるとコーチの見本の真似がうまい子です。こういう子はどんどん進級します。

水を怖がる子は、まずは水に入りたがらず、入っても顔に水かかかるだけで怯えてしまうので、水泳以前の問題です。まずはここをクリアしないと次に進めません。

逆に水が大好きではしゃぎすぎてコーチの言うことを全然聞かない子や、コーチの見本の通りせず、好き勝手に自分式にしたがる子も伸びません。こう言う子達は大抵、コーチが見本を見せている時に見てません。コーチの見本には関心がないんです。

もし、走るとか飛ぶとかなら、日常生活の延長上の動作なので、誰でもそれなりにできると思うんですが、水泳のように呼吸法や手足の動きなどが日常と異なる、ある意味特殊な環境下の運動では、運動神経よりも、性格が大きく影響しているように思います。

水を怖がらない大胆な性格と、コーチの言う通り・見せる通りにできるかどうか、これがカギになります。自分式でやりたがる子は本当に伸びないんです。

こんなに小さい時から水泳教室の態度に差が出るし、その差が能力の差につながっていることは明らかでした。

何事も、何歳だとしても原理は同じですね。

怖がりと自分式は能力が伸びません。

大人になると、子供のころに怖かったこととは別に、あれこれ経験するうちに怖がることが増えてしまいますよね。

だから大人になった今の方が大胆になる必要があるかもしれません。

性格と自分式の生き方を直し、真理のみことばに従って、大胆に神様式に生きたら、みんな個性的な人生の能力者になることが予定されています!!

主と共に最後まで、悔いなく人生を生きたいですね!