他人に神様を降ろす方法???

最近、神社の神様に関する本をちょっと読んでみたんです。その本の中で

『他人に神様を降ろす方法』

というのがありました。勿論ここでいう「神様」というのは私たちのいう全知全能の神様とは違うんですけどね。ただ、きっとさぞかしオカルト的なのだろう、イタコとかその類?と思いつつ半分それを期待しながら(笑)その部分を読んでみました。

すると、なんと、私の期待に反して(笑)とても良いことが書かれていたんです!

その内容は、「その人の美しい心が湧き上がってくるように対話をする」というもの。

正直、ちょっと感動しました。(笑)

勿論、それだけで全知全能の神様が降臨するわけじゃないですけど、その人の美しい心が湧き上がってきたら、サタンや悪霊は遠ざけることができますし、より神様と近くなり、通じやすくなります。

対話をする方も、相手の美しい心を引き出そうとしたら、悪態を突いたりキツイ言葉をかけたりはできないですよね。また、イライラした状態やピリピリした波長で対話しても難しいと思います。

相手は目の前の自分の波長をもろに受けますから、相手に美しい心を持ってほしければ、まずは自分自身が美しい心の波長で対話に臨まないといけません。何事も授受作用ですからね。

ですから、この対話の心掛けは自分にとっても相手にとっても良い方法だなと思いました。

実際、自分も相手も美しい心で対話ができたらお互い気分が良いし、話が良い方向に進みそうですよね。

もっと言うと、対話によって美しい心が湧き上がってきたら、行いも自然と美しくなると思われます。美しい心で汚い行いはできませんから。

結局、美しい心は神様の御心を成すようにさせます。

最初はタイトルに目を惹かれて興味本位で「他人に神様を降ろす方法」というのを読みましたが、実際は自分自身が神様に近づいていく方法だなと思いました。

自分も相手もみんなが美しい心になって、美しい天の御心を成していきたいですね!!

(伝道の書3:11)
神のなされることは皆その時にかなって美しい。

いくつになっても!

最近ある知人から聞いた話です。

私の知人の知人(複雑ですみません)が飲食店の厨房で働いているそうなんですが、最近、そこの洗い場(お客さんの使った食器を洗うところ)に72歳のパートさんが新人として入ってきたそうです。

それを聞いた私の知人が「72歳なんて、会社も良く雇ったね~!」と驚いて言ったら、「でも、その人よくやってくれるんだよね~。やっぱり元気でやりたくて入ってくる人はよくやってくれるね。」と言っていたそうです。

この話を聞いて私も心を動かされました。

まずは、72歳で応募したその方の勇気と行動力が凄いな~と思いました。というのは、私でも、ものによっては年齢を考えて少々気後れしてしまうこともあるからです。

この72歳の方がどうして働き始めたのかはわかりません。力を持て余していたのか、それとも必要に迫られていたのか。でも、どちらだとしても事実としては、72歳で応募して採用された、という事です。

改めて、人は自分の考えで自分を前進させることも縛ることもするんだなと考えさせられました。何歳になっても行動を起こしてみる、ということが大事ですね。

それと、70代でも働く、というスタイルは今の時に合っているのだな、という事も感じました。今飲食店は深刻な人手不足だという事はニュースでよく目にしますし、高齢化社会で医療費の国家予算もままならないということもよく聞きます。

それなら、いくら年を取っていても元気な人をわざわざ家に閉じ込めて衰弱させる必要はないわけですよね。まだ元気で働きたいという人は働いていた方が本人も活躍できて良いし、店にとっても国にも良いわけです。(働けない人を無理矢理働かせるという事ではありません。)

時代に合った行動は良い結果を生みますね。

本気で人生100年と考えるなら50歳で半分。まだ残り50年あります。50代60代ならまだ後半戦が始まったばかり。私などはまだまだ気後れしている場合じゃありません。私自身がまずは年齢に関する概念を変えないといけないと思いました。

聖書にモーセが亡くなった時のことがサラッと書かれているのですが、そこには『モーセは死んだ時、120歳であったが、目はかすまず、気力は衰えていなかった。』(申命記34:7)とあります。

年齢の数え方は今とは違うでしょうけれど、とにかく高齢に達して亡くなる時までちゃんと見て、精神もしっかりしていたということです。私も生涯を終える時はそうありたいな、と思いました。

神様が自分に下さったこの世の人生を、最後まで輝かしく生きていきたいですね。