美しい人生

最近読んだ本で心に残った言葉がありました。

『人生は美しいことだけ憶えていればいい』

この言葉は沢田美喜さんの言葉です。作家の佐藤愛子さんが本の中で紹介していたのを読んで知りました。

沢田美喜さんについては調べていただければすぐにわかると思いますが、戦後の混乱期の中、悲しいことに米国兵と日本人女性の間に生まれた混血児がたくさんいたのですが、引き取り手のないその孤児のために「エリザベス・サンダース・ホーム」という施設を立ち上げたのが沢田美喜さんです。

家柄としては三菱財閥の直径子孫。外交官の男性に嫁ぎ、その男性がクリスチャンだったことから美喜さんも洗礼を受け、クリスチャンになったそうです。

孤児の問題については、これは米国も責任を負うべきとして彼女は寄付金を集めに米国全土を廻り、時には米軍総司令部にも足を運んで要求を突き付け、喧嘩になる事もあったそうです。

当時は日本政府も敗戦国として占領軍には平伏するしかなかった時代です。そんな時一人で米国に乗り込んで、喧嘩になるほど勇猛に戦ったことには感心するばかりです。

元々良い家柄でしたが、戦争を経て様々な困難や悲しみに直面し、それでも戦後を強く生きぬいた日本人女性です。

その澤田美喜さんが、後に成長した元孤児と再会した時、その元孤児が美喜さんを見て泣き出したそうです。その時美喜さんが元孤児に対して『人生は美しいことだけ憶えていればいい』と言ったのだそうです。

裏を返せば、お互い美しくないことがいっぱいあったからこそ言える言葉だろうなと思いました。

様々なことを経験し、乗り越え、成し遂げた人の言葉は深く心に入ります。

私達は嫌なことほど記憶に残ってしまって、それが原因で精神を消耗したり、病気になったり、やる気を失ったりしてしまうことがよくあります。しかも、戦後の混乱期の問題に比べたら大したことでもないのに。

でも、確かに嫌なことを頭で繰り返し思い起こしても事態が好転するわけじゃないんですよね。むしろ脳に良くない。

それと、自分の中に相手や物事を恨む気持ちがまだある状態だと嫌なことがよみがえりますよね。美しいことだけが残るには、許すという過程が必要なのかなとも思いました。

美しいことだけ憶えてる人生。これがまさしく美しい人生ですね。

そういう人生になれるよう、私も頑張りたいと思います。

肉体に気を使うことは肉的になる事?

健康に気を付けなさい、という話はよく聞く話ですよね。今は健康オタクといわれる人が出現するくらい世の中では健康に関する話題が溢れています。

でも、信仰の世界にいると霊重視で肉体はつい疎かになりがちです。(かつて私がそうでした。)

若い時は特に気を使わなくても大丈夫だからそんなに関心がないというのもありますが、中には「霊的に」と心がけるあまり、肉体に気を使うことが「肉的になる」のではないか?と思ってしまう人もいるのではないでしょうか?

そのような人は、恐らく肉体の健康に気を使う事と霊的に生きるという事とがつながらず、肉的になる事が心配で、無理してでもお祈りや伝道やみことばを読むことにばかり時間を使ってしまうのだと思います。

特に、真面目で熱心な人ほどこういう思考に陥りがちです。

そんな人にピッタリの言葉が最近読んだ本の中にありました。

『我々はこの肉体という“ボディースーツ”を天から借りている』

これを書いた人はクリスチャンでもなく何かの宗教の信仰者でもない無宗教の人です。世の中には何の信仰がなくてもこのように考えて肉体を大切にしている人がいるのですね。

確かに、自分の肉体は自作したものではなく、また、永遠な存在でもなくこの世にいる間だけ使うものです。

自分の肉体が天から借りたボディースーツだと思えば自然と大切にする心が湧いてきますよね。

服も粗末に扱うとボロボロになってしまうように、肉体というボディースーツも適当に扱うと年齢と共にボロボロになってしまいます。きちんと手入れしてできるだけ長持ちさせたいものです。

また、借りた服をボロボロにして返すことはあり得ないように、天から借りたボディースーツもそうです。

肉体の健康に気を使う事と、肉的になることとは全く別物です。

この世にいる間は、一生健康な肉体で活発に御心を成していきたいですね!