見るもの聞くものは選ばないと!

最近、読んでいる途中で読むのをやめた本があります。

それは、日本の表舞台に立つ人々のウソを暴くような感じの本で、最初は日本の問題を探ろうという思いで手に取ったのですが、読みながらだんだ気分が悪くなってきてしまいました。

問題のある人物や問題点を列挙するばかりで、擁護する言葉もなく、ひたすら批判的な話が続くのです。

言っていることが間違っているとは思わないのですが、ひたすら否定形の言葉ばかりを頭に詰め込んでいたせいか、頭がクラクラしてきました。

少しでも希望的な話が挿入されていれば違ったのかもしれませんが。。。

私は本を読んだだけでこういう気分になったんです。私が直接自分の事を言われたわけじゃないんです。

ふと、以前先生が説教の中で『たとえ自分に関係ないことだとしても、悪口とか批判とかは聞かない方が良い』とおっしゃっていたのを思い出しました。

ありきたりではありますが、人間は否定的な言葉ばかりを聞くと精神がおかしくなるのだな、と改めて痛感した出来事でした。

と同時に、人間は希望的な話がないと精神に力が得られず、解決のために前に進むことができないのだな、とも思いました。

やはり、見るもの、聞くものは選ばないといけませんね。

友達はほどほどで良い⁈

ある心理系の本を読んでいたら、「最高の友を探してはいけない」という事が書かれていました。

一瞬「え??」となりますよね?

「なんでも話せて、自分のことも理解してくれる気の合う親友」というのは誰もが求める理想の友達ではないかと思うんです。

しかし、そういう理想の友達を求めて頑張っている人ほど幸福度が低いのだそうです。

なぜか?それは、より良い友人、より良い人間関係を求め続けていると今いる友人を見て「もっと良い友人がいるのではないか?」という思考になり、常により良い友人探しをしている状態になるからだそうです。つまり、自分の周りにいる人々は常にイマイチ、という事になってしまうわけです。

これは、それなりに異性に人気があるのに結婚できない人の心理と同様だそうです。「もっと理想的な相手がいるのでは?」と思い続けて探してばかりいるという状態。

確かにな。。。と思いました。(笑)

やはり人間は人間です。神様ではありません。だからどうしても完璧ではありません。

ですから、自分自身がより理想的な人間になろうと努力することは賞賛に値することだと思いますが、相手に完全さを求め続けるというのはよく考えたら相手に神になれと言っているようなものです。

勿論そんな人はいるはずもないので、常に満足できず、幸福度が下がるのは当然の結果ですね。

この世で生きていたら人間関係で悩まない人はいないと思います。そんな時、「なんであの人はああなの?」「なんでこうしてくれないの?」と相手に対して思い始めると泥沼に陥ります。

それよりは、ある意味割り切って、相手は人間だ、神様じゃないと思った方が気が楽です。

これは一見冷たい考え方に思えるかもしれませんが、人に求めすぎて期待が外れて幸福度が下がるよりは、ほどほどで納得して幸福感を得られる方が良いということです。

他者は自分の事を完璧にわかるわけではない、という事を認識する必要があります。

やはり、自分の心のうちまですべて見通せるのは神様だけ、という事ですね。