技術が悪いのではない!

面白い記事を発見!

アメリカ・フロリダ州の駐車場で、父親が誤って車内に鍵を置いたままドアを閉めてしまい、1歳の女の子が閉じ込められてしまったそうです。

その時、たまたま近くにいた社会奉仕中の受刑者たちが騒ぎを聞きつけ、「我々なら車上荒らしの技を使って車を開けることができる!」と申し出て、持ち前の技(?)を駆使したところ、わずか数分で開けてしまったそうです!

こうして女の子は無事に救出され、両親は受刑者たちに感謝し「彼らを尊敬している。」とコメントしたそうです。(笑)

ところで、この時受刑者たちが使った道具は、なんと、ハンガーを針金状にしたものだけ!

ある意味、生きる知恵、というか凄い生存能力ですよね。。(苦笑)

この記事を読んで、善と悪って表裏一体だな、と思いました。

同じ人が同じ技術を使って一方では車上荒らしをし、一方では人を救うことに貢献したのです。

特別な道具を必要とせず、針金一つで鍵を開けられる技術が悪いのではない。。使う人の心の方向がどっちに向いているのか、悪なのか善なのか、それによってその技術もその人も価値が変わるのだなと改めて感じました。

自分の能力や身につけた技術がサタンに使われるのか、神様に使われるのか。どうせ使われるなら神様に使われたいですね。

女児が車内に閉じ込められた→奉仕中の受刑者が「車上荒らしの技」を使って救出する

https://netallica.yahoo.co.jp/news/20190219-57396746-labaq

「いじり」は面白い?

評論家の宇野常寛氏が、イベントでお笑い芸人の「いじり」を受け、それを不快に感じたため退席した、という記事を見ました。

いじった方は「みんなが面白くなるため」にしたというのですが、受けた方はそれを不快に感じ「いじめだ」とまで言ってるんですね。

私自身は、昔から芸人さんの「人を落とす」ギャグというのはどこが面白いのかわからなかったし、面白いどころか不快に感じていたので、「お笑い」はいっさい見ていませんでした。正直、笑えない。。。

ただ、芸人さんは、特にコンビの場合、いじられ役があって、台本もあって、ある意味計画的にしている事ですし、しかもそれでお金をもらっているのですからいじられ役が「いじめられている」という感覚ではないでしょう。だから私のようにそれを見て不快に思う人は見なければいいだけ、という事になるので公の問題にはならないと思うのですが、畑違いの人にするのはどうかなと思います。

現代の笑いがサタン的になっているのが気になります。人が落とされるのを見て自分のストレスを発散するというスタイル。サタンは自分の腹いせに人間を攻撃し、苦しむ姿を見て喜ぶ存在です。

現代のいじめ問題が、TVのお笑いの影響を受けてないとは言い切れないと思うんですよね。人を落として受けてる芸人さんを見て『自分もああすれば人から受ける』と勘違いしてしまっている子が少なからずいると思うんです。

しかし、笑いの根本は神様。誰かが傷つくのは「お笑い」ではないと思います! みんが笑えないならお笑いとは言えません!!

いじる方向が、みんながほんわかするとか、本人が言えない功績など証してあげるとか、そういう方向だったら良いんですけどね。

サタン発ではなく、神様が発信する幸せな笑いが世の中に広がることを願ってやみません。

宇野常寛氏、「いじり」という名の「いじめ」に抗議しイベント途中退席。その線引きは?

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190205-00010006-wordleaf-soci