成功したければ強い信仰を!

よく、成功哲学とかビジネス書などで「未来の自分に確信を持て!」とか「自己肯定感を高めろ!」とか、思い込みの効果とかそういうことが書いてあるのですが、実はこういうことはすでに聖書にバッチリ書かれているんですよね。

それはへブル人への手紙11章1節。

さて、信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである。

これは、言わば信仰の定義ともいえる聖句ですが、信仰とは何かというと、①「望んでいる事柄を確信する」、②「まだ見ていない事実を確認する」という二点が明記されているわけです。

日本人の多くが勘違いしている事として、「信仰とは弱い人が頼るもの」とか「自分でできない人が逃げるところ」などが挙げられると思います。

そう言いながら、自分に自信がなくて、人の目が気になって動けなくなってしまう人が多いのはどうしてかな?と思うのです。

先ほどの聖句で①「望んでいる事柄を確信する」というのは、言い換えると、こうなりたいとか、こうであってほしい、などと望んでいることを、こうなれる!このようになる!と思うことが確信することですよね。

では、②「まだ見ていない事実を確認する」とはどういうことでしょうか?

まだ見ていないという事は未来を意味しますよね。未来をどう確認するんでしょうか?

過去の事なら見たり聞いたり調べたりして確認することができます。しかし、これから起こることは見たり聞いたりなどの手段では確認できません。

だれも未来のことなど肉的な方法では確認できないのです。だからこそ未来に不安を感じるわけです。

だから、心で確認をする=信じること。

つまり、未来に「こうなりたい!」と望んでいることを「こうなれる!」と確信し、信じることが「信仰」というわけです。

弱い人間が自分はできないから神様に頼って丸投げすることとは書いてありません。むしろ、ビジネス書などで書かれている事と共通します。

ただし、この未来への確信の背後には「神様が助けてくださるから」という大前提があります。ただのポジティブシンキングではありません。

また、罪を犯しているのに(=神様が助けられない状況があるのに)望んでいる事柄が成せると思ってはいけません。

まとめると、ただ一言「強い信仰心に基づいて行動すること」、これが成功の秘訣なんじゃないでしょうか?

正直、ビジネス書などで書かれていることは、聖書の言葉の『この世に該当する部分』だけを切り取っていることが多いです。勿論言い方は変えていますけどね。実際ビジネスで成功している人は欧米人が多いじゃないですか?彼らにとって聖書は特別なものではありません。

信仰心に基づいた行動はこの世の成功だけではなく、それこそ未来の成功、まだ見ぬ霊界での成功も治めることができます。これが最終的な神様の祝福です。霊界は永遠の世界ですから。

どうせ生きるなら、この世でもあの世でも両方祝福された生き方をしたいですね。

投稿者:

クララ

キリスト教福音宣教会牧師 ・東京都在住 ・O型 ・おうし座 ・趣味:ピアノ

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