チャンスは自ら!

最近、宣教会内のあちこちで講師訓練をしているせいか、Bible Studyの講義を聞いてください、という依頼が結構来ます。

みんなすごく熱心で、頑張っているな~と思います。

ただ、これについて、私が個人的に思うことがあります。

みんな、熱心に頑張って教育を受け、練習をしているんですが、私から見ると、いつまでも教育を受け、練習しているように見えるんです。

もう、教育と練習はいいから本番をやればいいのにな。。。と思うことがしばしば。

完全になってからやろうとしているのか、それとも許可待ちなのか。。。

でもね、完全になってから…なんて流暢なこと言ってると、チャンスはこないです。どんなにやっても練習しているうちは完全になんてならないから。

全く聖書を知らない人を前にして、緊張感の中、相手に「え??」と言う反応をされながら、どうすればもっとよく伝わるのか、という研究をしていくうちに完全になっていくんです。

また、許可が出てから、指導者に指名されてから、なんていうのも今の現状では難しんじゃなのかな?

大体、指導者に指名されるのは実績者なんじゃないですか?ということは、実績を積まない限り、いつまでたっても指名されない、という事になります。

日本人的な思考では、指導者に認められてからじゃないと不安、または自分から「やります!」と言うのは図々しいのでは?などと考えがち。

でも、チャンスは自らつかむものです!

やらないと実力はつきませんし、練習は本番のためにするものです。練習ばかりして実力が付いた気になってはいけないし、練習をたくさんして満足してもいけません。練習と本番は違うのです!

チャンスが回ってこない、と言う人は、最初から報告しないで、自分で伝道して、自分で証して、自分で初級の講義を伝えて、続けて聞きそうな感じの時に指導者につなげれば良いじゃないですか?(笑)

講義がうまくいかなかったら…そんなのはいちいち報告しないで自分で研究すればいいでしょ?(笑)勿論、アドバイスを聞きたければ報告・相談すればいいと思いますけど。

うまくいかなかったらどうしよう…この思考は何事もストップさせる考え方です。

だって、自分は神様でもないのに、最初から全てがうまくいくと思ってるんですか?それは傲慢というものです。最初からうまくいくはずない、と思ってやればいいのです。

私自身は今のような整った教育なんて受けたことありませんでしたが、修了して8か月後には講義してましたし、一年半後にはすべての講義をしていました。練習している暇もなく、ほぼ現場の実践で実力をつけさせてもらいました。

当時と今とでは状況が違うので単純比較はできませんが、私から見ると、みんな十分できるのにやらないように見えます。あの時の私よりは今の皆さんの方がはるかにみことばの勉強してますからね。

「待ち」の姿勢から、自ら「つかみに行く」行動に変わったらもっと宣教も進むだろうし、皆さんの実力もついてくるんじゃないでしょうか?

今回は、皆さんへのエールを込めて、ちょっと思うことを伝えてみました。

頑張って講義を準備している人たちの上に神様の祝福が満ち溢れますように。。。💛