求めることは自ら行うこと

『求めよ、そうすれば与えられるであろう。』

これは福音書の有名な聖句です。(マタイ7:7)

この有名な言葉の後、求めたら神様はくださるという事についてイエス様が分かりやすく話してくださっています。

ただ、初めてこの聖句を学んだ時、私は相手から何も言われてないのに自ら求めるのは図々しいのでは?と思ったんです。日本人的な感覚では、相手がくれるという時に謙虚に頂くというのが筋、と思いますよね?

でもこの聖句、決して物欲を満たしたり出世欲を満たしたりするためにあるのではないんですね。もっと良くなりたいなら、より次元を高めたいなら神様に求めなさいという事です。

そしてイエス様の『求めなさい』という話の流れの最後にはこのような聖句があります。

『だから、何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのようにせよ。』(マタイ7:12)

『求めなさい』という話なのに、結末は『人々にしなさい』なんですよ。ちょっと不思議じゃないですか?

求めることは、自分が神様に対してすることです。でもそれだけじゃだめだという事です。人に対してもすることがあるわけです。神様に対してすることと人に対してすることがそれぞれあるという事です。

言い換えると、霊的にすることと、肉的にすることがそれぞれあるという事です。

ですから、求めることに関する自分の責任分担は、祈りだけじゃなくて、『自分がしてほしい』と思うことを自ら行うことで完結します。ここまでが『求めなさい』というみことばだということです。

実際、自らすることで自分に返ってきます。よく「Give & Take」と言いますね。欲しければ先に与えなさいということです。

みことばをよく研究すると、『求めなさい』ということは人に要求する話でも図々しい話でもないことが分かります。

先生が自分は使わないけれど村の川をきれいにしたりするのはまさしくこの精神です。

お祈りを熱心にしても、行動が伴わなければ御言葉通りに生きてることにはなりません。

神様に求めつつ、どんどん自ら行う人が栄えるという法則です。

最近のビジネス書などでも、行うことの重要性などが叫ばれていますが、それはすでに2000年前にイエス様が宣布した内容だったんですね。

どんどん神様に求め、どんどん行って、霊も肉も栄える人になりたいですね!