厳しい社会はダメ?

またもやゼネレーションギャップを感じる記事を発見!

大人がよく言う「社会は厳しいぞ」という言葉に批判が相次いでいるそうです。

彼らの主張は「社会は厳しいぞ」と言って社会の厳しさを教えるのではなく、厳しくない世の中にすべき、という事だそうです。苦労を美化すべきではない、と。

もう、凄いとしか。。。こんな発想、私には全くありませんでしたから。(笑)

確かにね、厳しくない世の中が良いですよね。

ただ、私自身、自分の中に根性主義的な面があるのを認めざるを得ないので、根性や忍耐ばかりではいけないな、という反省点もありながら、根性や忍耐が100%いけない事だとも思わないんですよね。(この辺が昭和の頭なんですかね・・)

なんとなく、根性や忍耐が害悪とされる根本的な背景は、自分以外の他者に対する期待と要求が大きくなっているのかな?という気がするんです。

あくまでも私の経験上の話ですが、私が『これくらいは自分ですべき』『人に頼むようなことではない』という認識のもと、今まで自分で何とかしてきたような事でも『してくれない』と文句を言われ、びっくりしたことがありました。

そんなことまでしてもらおうとするのか、と。

そういう時、私でも内心『そんなことでは世の中生きていけないよ』と言いたくなったこともありました。

ただ、同じ昭和の人間でも、私の親世代から見たら、戦中戦後を経験してない私なんかはとても甘ちゃんらしいです。(^^;

だからこういうギャップはある意味世の中が良くなっているという事なのかもしれませんね。よく考えたら、昔が良かった、昔に生まれたかった、というよりは、もっとこうすべき、という批判の方が前向きですよね。

実際どんなに世の中が楽になっても「楽じゃない」と言う人は出てきます。だからこれからも厳しさへの批判や楽さの追求は続くでしょう。

だからと言って、どこまでもひたすら楽になるのが良いのか?・・・それは私にはわかりませんが、敢えてどこまで良いかと言うなら、神様が許可してくださる限度まで、ですね。

その限度を超えたらそこはサタンの領域になり、罠に陥り、罪になり、自分に害になります。

楽な方が良いけれど、厳しいのは嫌だけど、神様の範囲を超えてはいけませんね。

参考☞ https://youtu.be/f-vpNAi4mak